裁判員裁判 報道のあり方は
2009年8月3日、裁判員裁判が開廷した。国民が参加する初めての裁判ということもあり注目度は高く、連日新聞やニュースで取り上げられている。しかし過剰と思われるその報道について「実況中継みたい」という批判が出ている。
多くのニュースでは、事件についてだけでなく、裁判員の質問回数、質問内容といったものから、座った場所、その表情など、こと細かく報道。裁判員一人一人のスケッチまで公表され「本人に守秘義務があったとしても筒抜けな感じ」という意見もある。
さらに、疑問に思ったことを質問しただけでも話題に取り上げられる騒ぎように「裁判員が質問するっていうことが、そんなにおかしいのでしょうか。黙って裁判の行方を見ていることが普通なのでしょうか」(黒猫の鳴く夜に)という指摘も。また公判途中の報道によって裁判員の判断が狂うことの懸念から「結審するまでは報道を自粛すべきではないか」という意見もある(星のかけらより)。
一方で丁寧すぎる報道が「思っていたより面倒」という印象も与えてしまったようだ。自分なりに裁判員制度について調べていたという『語log』のブロガーは、「知らないなりに(自分の)意見を言えばそれでいい」と認識していたところ、開始前に約15分の教材映像を見せられることを知り「つまり『見たんだから知らないは許さないぞ!』と言われているみたいで非常に不愉快」と憤る。
導入されるまでさまざまな問題が指摘されていた裁判員制度。しかしそんな問題などすっかり忘れ去られたかのように、新しい制度での裁判がクローズアップされている。「少しでも身近に」という意図もあるのだろうが、裁判員に選ばれるかもしれない国民が目にする情報として、余計不安を抱かせるものとなっていないだろうか?
(ひろ)




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